新年御挨拶  2015年1月1日

update 2015年1月1日

後藤 和光

18年ぶりにシンガポールを訪れました。その当時はマーライオン像しか無かったシンガポール海峡に面するマリーナ・ベイ地区は
大規模開発されて一転しており、高さ165mという世界一の大観覧車や、50mの巨大な人口ツリーが吊り橋で繋がった植物園にも驚かされますが、
今回宿泊した「マリナベイサンズホテル」は、三棟の連なった57階建ビルが2,500室の客室になっており、
その上には船の形をした巨大なプールが据え置かれています。
まさしくどこからでも目につくランドマーク・ビルディングですが、地上200mの高さにプールを持って来て、
下界の景色を見ながら泳ぐという発想には度肝を抜かれました。プールというより、雲の上の大浴場といった感じでした。(笑) 



金子 研一

あけましておめでとうございます。
今年は未年ですが、高校2年の正月が未年だったのを記憶している人は少ないと思います。ところが12年後の未年は鮮明です。
わが家では第1子が産まれたためら、忘れられない干支になりました、

羊というとジンギスカン、北海道と連想するのだけれど、ここ、岩手でも特産品なのです。特に、遠野が盛んで、バケツに燃料を入れて
鍋を焼く食べ方が圧巻です。写真は、小岩井農場のバリカンショーと葛巻高原牧場です。遠野にはSL銀河が走っています。
復興支援のためにも、ぜひ、お出かけください。
あと一年で東京に戻るので、今年こそは、盛岡にいる浅香保君、大仙市にいる大石光君に会っておきたいなと考えています。



蓮見 元子

明けましておめでとうございます。皆さまそろって良い年をお迎えのことと存じます。
私も元気にお正月を迎えることができました。
昨年も例年同様、学生と子どもたちと過ごした1年でした。夏には、ハンガリーの小学校・保育園の授業風景や、
スイス・ドイツの子どもたちの放課後の生活の様子を見てきました。その他、イタリア・フランス・台湾を旅しました。
また、再開した山ガールにもますます磨きがかかり、関東近郊の山はもとより、スイスアルプス、台湾の阿里山・観音山など歩きました。
自分で言うのも何ですが、アクティブ・シニアの面目躍如といったところです。
今年も時間と健康、お金の許す限り、世界中を飛び回り、よい研究と教育に勤しみたいと思います。


青木 利道

同期の皆様、新年明けましておめでとうございます。
3年4組橋本精一先生のクラスにおりました青木利道です。
皆様には数年おきの同期会でお目に掛かるだけで、すっかりご無沙汰をしていますが、如何お過ごしでしょうか。
65歳定年制を取り入れる企業が多くなっているので、既にかなりの方々が悠々自適の生活に入られたのではないかと推察します。
HPに投稿される近況報告を拝見すると、皆さんそれぞれの道を楽しく歩んでおられるようで、読んでいるこちらも楽しい気分になります。
私は悠々自適の生活に入ることが出来ず、今もなお第二の職場で働いていますが、以前と比べれば
心身共にプレッシャーが掛からない仕事ですので、いずれ来るであろう「自適(悠々は付きそうにありません)の日々」を
楽しみに、もう少し頑張りたいと思っています。
今年1年の皆様のご多幸とご健勝をお祈り申し上げます。

土肥 暁美

謹賀新年

今年も干支の焼物でご挨拶です
初めて高麗青磁に挑戦しました
いくつになってもチャレンジ!
皆様にとっても善い年になりますよう



三上 恵只

新年のご挨拶
明けましておめでとうございます。
皆様輝かしい新年をお迎えの事とお喜び申し上げます。
私事で恐縮ですが昨年3月病院長退任後、非常勤で外来診療(医師不足のためハードです)と看護学校長(若い人と触れ合え楽しいです)と
国民健康保険の審査委員が主な仕事です。
その他家内とのグルメ旅、ラブラドールレトリバーの愛犬との触れ合い(癒されています)、畑を仲間と少し、ゴルフに再挑戦、
楽器を始め、好きな唄を歌い、語学の勉強を少し、色々な方々との会食(というより飲み会)で超多忙な9か月でした。
(元気なうちだけと思って欲張りすぎましたが)
昨年を振り返ると政府はとても元気のようですが世界的に平和が脅かされており、不安でいっぱいです。
国内でも災害が絶えず、格差が広がり嫌な事件ばかり起きました。
何とかブータン王国のように貧しくても皆が幸せを分け合えるような社会になって欲しいと願わざるをえません。
明るく希望のある年となるよう願って。
また今年皆さんとお会いできるのを楽しみにしています。
(シンガポールより)

中川 惠

 新年、明けましておめでとうございます。
 皆様は、どのような一年を過ごされ、新しい年を迎えられたのでしょうか?
 65歳となり、第3ステージに突入した近況をご報告し、新年のご挨拶といたします。
 私の方は、平成22年3月に都立桐ヶ丘高校を定年退職した後、『インターハイ』の総元締めのような仕事をしている
『公益財団法人 全国高等学校体育連盟』の事務局に4年と2ヶ月ほど勤め、昨年6月に退職し、
サンデー毎日を読みふける生活に入る予定でした。
 しかし、ヒョンなことから、バスケットボールの指導に係わることとなり、昨年6月から文京学院大学女子中学高等学校というところで、
外部指導員として中学生・高校生の部活動指導を行うようになりました(放課後先生ですかネ)。
授業は担当しておりませんが、学校現場に戻り、初心に立ち返って、熱い思いでNext Stageを過ごしております。
選手をスカウトしてきて作ったチームではないので、なかなか練習が進まず、歯がゆい部分もありますが、
そんな思いも『青春』のエネルギーの源を与えていただいていると感謝する毎日です。
本年も、心温まるおつきあいの程、よろしくお願いいたします。
(老兵ですが、まだ消え去りません。)

羽生田 博正

関屋 収

明けましておめでとうございます。

昨年は、65歳になり、また一つの節目を迎えました。会社では第一線を退き、顧問として、携わってきた事業の営業の手伝いや、
各方面への意見具申など、その負荷は減りましたが元気にやっております。

そんな時に、一昨年受注したバイオマス発電システムのお客様を訪問する機会に恵まれました。鹿児島県霧島、宮崎県都農、
川南と九州の日豊本線沿いに3か所を訪ねました。その丁度中間あたりに、55年前私が小学校3、4年生時代を過ごした
高鍋町という町がありました。人口2万人、秋月家高鍋藩3万石の城下町で、藩校「明倫館」を擁した教育熱心で人情味豊かな町です。
米沢藩を再興した、上杉鷹山を育てた町としても有名です。大泉を第一とするなら、高鍋は第二の故郷です。

偶然ですが、この町を、徒歩で散策する機会に恵まれました。海と川と山に囲まれた縦4キロ横2キロほどの町で、
多感な年頃でしたから、丁度4時間ほどで、全てを思い出すのに十分な時間でした。ウミガメのの産卵で有名な日向灘の海岸や、
一度溺れかけた小丸川、遠くに見えるお鈴山などは全く変わらぬ姿でした。
ここでは、やはり変わらぬ高鍋駅と、この町の産物で有名な本格麦焼酎「百年の孤独」の写真を紹介します。

今年も、いくつかの素敵な偶然と出会えることを楽しみに、1日1日を大切に過ごそうと思います。皆様にとって、良い年となりますよう。

山口 達夫

2015年 明けましておめでとうございます。

大泉を卒業して47年になりますが、皆さん、いかがお過ごしでしょうか。
私は昨年11月に第2の定年を迎え、フルタイムの勤務が終了しました。
(同期ですから、当然そういう方が多いと思いますが…)

とはいえ、まったくの自由人にはなりきれていません。依頼があれば出向いていくという働き方に変わりましたが、
これが結構忙しく、自由人という実感がまだありません。

さて、最近の母校は訪問するたびに新しさが増していくような感じです。新校舎も3年目を迎え、緑鮮やかな人工芝の新グラウンドも
2年目になります。そしてもうすぐ学校周辺の道路がセットバックのため広くなり、周りから見てもかなりきれいになると思います。

私自身も、働き方が大きく変わろうとしている今、新しい時代に向けて変化する母校に負けず、常に新しいことにチャレンジできる
自分でありたいと考える次第です。

今年一年が皆様にとって良い年でありますことをお祈りします。

源 恭子

新年おめでとうございます
ここ数年、和布で小物作りを楽しんでいます。
愛用の化粧品(ジーノ)で貰える手帳を毎年使っているのですが、今年はシャープペンシルがついていませんでした。
一瞬、お金を出して味の素の赤い手帳を購入しようと思ったのですが…、そうだ、手帳を入れるケースを作って
中にシャープペンシルを入れられるようにすれば良いんだ、と思って作ったのが写真の手帳ケースです。
ちょっと可愛いでしょう。
今年も元気で、趣味やボランティア、旅行を楽しんでいきたいです。


佐藤 陽子(旧姓荒川)


あけましておめでとうございます。

大泉で出会ってから50年が経ちますね。
今年こそ1年4組ー花文の会を開けるようにしたいです。

私的には昨秋夫が現役を退きサンデー毎日の生活となり、彼も日常生活を逡巡中のようで、
まずは趣味の園芸に力を入れています。
今年は共通の趣味を見つけるべく,色々な事に挑戦していきます。
先ずは旅からです。

皆様に穏やかな年となりますように

鈴木 (旧姓古沢)裕美子

明けましておめでとうございます。
無事新年を迎えられたことを感謝しています。
去年は、週一日小学校の講師として働いて少し学校現場の風を感じていましたが、65才の3月で終わるので、
今年4月からはまったく自由な毎日になります。
「長期の旅行ができるかも」と思っていたら、去年の6月から縁の下生まれの仔猫5匹を抱える身となり、
困ったような、不自由になっても楽しいような、複雑な思いです。
一匹は優しい里親にもらわれたものの後4匹は無邪気に走り回っていたのもつかの間、あっという間に大きくなり、
庭に3匹、家の中に1匹、毎日餌やりしています。
猫に奉仕し、時々旅行、友達とランチ、市民農園で野菜作り、と仕事は無くなるものの去年と同じような
毎日になりそうです。
でも、今年は皆様のリレー投稿などを参考に少しは意義あることをしたいと思っています。
今年もよろしくお願いいたします。 

福原 正和


 札幌 福原正和です。 みなさん楽しく余裕ある生活をされている御様子ですが、小生まだまだ日々忙しく生活しています。
 医師不足は北海道では深刻で いくつかの医療機関からSOSが出され ついそれらに答えていると日々何らかの予定が入り
余裕のない生活をしています。昨年は 札幌以外に 福島市、函館・黒松内・赤平(皆さん知らない地名でしょうね)などに仕事に行きました。
 昨日も夜9時に緊急の電話が入り 私が働いている札幌市医師会夜間急病センターで外来にインフルエンザ患者があふれ 
待ち時間が3時間を超えているので手伝ってほしいとの要請でした。夜7時からの診療開始ですが、9時頃には受診患者は230人を超え、
外来待合室には座れないほど人があふれ みな熱がある中で順番を待っている状況でした。
 私は急いで白衣に着替え 当初2時間は小児科を、その内小児科より内科の方が待ち時間が長くなってきて内科を手伝いました。
ほとんどが熱を主訴として受診され インフルエンザの検査をするため一人が2度の診察と必要として猶更時間がかかります。
 私としては インフルエンザの薬は日本が世界の7〜80%を使用しており 製薬会社に踊らされている面が強いと考えていますが、
「インフルエンザなら薬を使わなければならないんでしょ!」と少しの熱でもインフルエンザを心配して来院する患者さんが多く 
混乱を極めています。
 つい昨日の疲れが残っており 仕事の話を書いてしまい 申し訳ありません。

 私の個人的状況は。1昨年義母を見送り夫婦二人きりの生活と一時なりましたが、春頃に何故か?娘(次女)が戻ってきて
今年3人暮らしとなりました。 
 長女は福島郡山に暮らしていて 孫が二人 今年2月に3人目の女の子が生まれる予定で、1月初めには里帰りしてきます。
原発の影響はジジババとしてはもちろん心配で早く福島を離れてほしいと思っています。 
婿さんは救急医療を専門にしていて 次は沖縄石垣島あたりで仕事をしたいと言っているようですので どうなりますか?・・・ 
沖縄は遠いですが、まあ旅行もかねて孫を見に行けると心配しながらも割り切ることにしています。
 長男は 私が女房と知り合った同じ病院に勤務し、そこで出会った看護婦と結婚し男の孫二人がいます。
(ちょうどこれを書いている12月29日は嫁さんが仕事で孫二人を我が家で預かっています。) 
小児科医としては「テレビに子守をさせるのは問題」と普段患者さんに言っていますが、うるさい孫たちを静かにさせるには
ビデオが一番で いま孫たちはテレビの前でビデオを静かにみています。
 次女については 理学療法士として息子と同じ病院で働いています。これ以上書くと「なんでこんなこと書くの!」と娘に怒られそうなので・・・
 東京では母親が、私が大泉に通った家に今も住んでいます。リウマチで体は元気な時に比べ身長で15センチ、体重で25キロ少なくなり
身体障害1級で着替えも入浴もできない状況ですが、毎日ヘルパーさんに助けてもらいどうにか今も一人暮らしを続けてくれています。
体は不自由ですが、頭と心はそれなりに元気でそのことには感謝しています。

 私は 昨年私の誕生日に子ども達にせびって?ちょっとかっこよい自転車を買い 快調に走り回っています。 
今北海道は雪また雪の世界で 自転車には全く乗れませんが 春になったら 少し遠出をしたいと楽しみにしています。

 昨年11月28日に亡くなった菅原文太(さん付けは似合わない)が 11月1日に沖縄で行った演説に胸を打たれました。
私も残された人生、人の心を打つような事をひとつくらいはしたいな と考えながら 今年一年過ごしたいと思っています。

 長文・駄文にお付き合いいただきありがとうございました。
 札幌にお越しの際は声をかけてください。

新年の抱負 比地原正明

新年明けましておめでとうございます。

昨年は新しく地元のテニスのサークル、スキーのサークルに入会し、従来の山のサークル、テニスのサークルに加えて
沢山の仲間ができました。今年は新しい仲間も含めて、さらに活動の輪を広げてゆきたいと思います。

今は仕事も遊びも山歩きが中心です。昨年は山の仲間と北アルプスの読売新道、台湾の最高峰の玉山、
越後の荒沢岳などを歩いてきました。一人で歩いた九州の山々、イタリアのドロミテなど、どの山も素晴らしく
印象的でとても満足できる1年でした。今年もさらにチャレンジしてゆきたいと思っています。

今年の2月に高齢者の仲間入りをする予定です。まだ前期なので、70歳までの5年間に歩きたい山を
全て歩きつくす計画です。そのためには健康と活力。まだまだ頑張ります。

台湾の最高峰玉山(3952m)の山頂にて 玉山で出会ったフィリピンのグループと

管理人(小山 恵一郎) 

 「大泉高校20期のHP」も、多くの方の投稿に支えられ、おかげさまで8年半にわたって続けることができました。
私たちは節目の65歳を迎え、それぞれの方の生活パターンも変わろうとしています。
 昨年は小同期会が開かれ、多くの皆さんとお会いすることができました。
そこで、リレー投稿はクラブ活動を主体に回していただくことになり、テニス部、陸上部、野球部と継続がされています。
その後はバレー部に引き継がれます。
 「大泉20期のHP」には、多くのコーナーが設けてあります。
皆さん少々時間のゆとりもできたことと思います。リレー投稿以外にも個人的な情報発信をしていただき、
HPを通して多くの同期生といろいろな情報の共有ができればと思っています

今年もよろしくお願いいたします。