更新 2024年12月1日
私がこの「多摩5美術展」のポスターを見たのは近くの公園にある町の掲示板でした。
猫の譲渡会や市内巡り案内に挟まれているのを何気なく見たのですが、なんと見知った名前が二つありました。
一人は清瀬の陶芸仲間でもう一人は東久留米の小林義純さんです。
早速11月26日に会場に赴きました。小林さんの作品を拝見するのは初めてでしたが、「芒種」と名付けられた作品は素晴らしく、
静かな色使いの中に野原の草が匂い虫が蠢くようでした。右の上部に落款が押してあるのも面白いと思いました。
私はこの景色を秋と思ったのですが、芒種は6月頃のこと、小林さんご本人は不在でしたので、お話を伺えなくて残念でした。
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期せずして同じ週に、大泉20期の同期生お二人から絵画展のお誘いを受けました。
2年3組の同級生、小島(松原)由利子さんからの「カルチャー生徒さんと講師の合同水彩画展」(於いて:大倉山記念館ギャラリー)。11月25日妻と共に訪ねました。
偶然、同じ2年3組だった吉田(堀田)明子さんもお見えになっており、絵を前にして小一時間絵のご説明や近況の相互報告を楽しみました。
オーストリア、ウィーンの街並みや、萩の港に係留された小舟の絵など拝見し、一つ一つの機器の意味を学んだうえで、繊細に描く、絵に向き合う姿勢と技術に敬服しました。
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大倉山記念館 | 小島さんの絵を前にして |
あくる11月26日は、20期同期会幹事仲間の同期生、小林憲一さんからのご招待「第19回サークルトーン展(於いて:池袋オレンジギャラリー)を訪ねました。
こちらは油絵で、ブルックリンの橋、八ヶ岳のホテル、今年からチャレンジの抽象画など10点ほどが展示されていました。
写実から抽象へ、色合いの使い方も工夫されて年々芸術性が進化しているのが見て取れました。20期の同期の仲間たちも同じ時刻に何人か集まって、ギャラリーでお茶会となりました。
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池袋オレンジギャラリー | 小林さんの絵に囲まれて |
共に、1作描くのに3か月から長いもので1年、年に数作から10作程度、テーマを選ぶのに旅や訪問、そしてサークルでの学び。そのご努力に改めて感服。
出来上がった作品はこの上ない創作物となって残っていく。誠に羨ましく思いました。
鑑賞を楽しむ私たちには、横浜山の手の閑静な住宅街の公園にある歴史的な大倉山記念館を訪ねられたこと、
東京の池袋の雑踏の中にあるおしゃれなギャラリーを訪ねたこと、そして旧知とお会いできて会話を楽しむことができたこと、
改めて藝術の秋に感謝したしだいです。小島さん、小林さん、お招きありがとうございました。
伊豆の流浪人湊とバリバリの現役ビジネスマン牛尾君は新宿で会いました。
私の娘が撮影者です。娘は何を隠そうソニー生保のライフプランナーです。
牛尾君は娘の話にフムフムと耳を傾けてくれました。
それはそうと楽しいおしゃべりタイムになりました。
皆さんはどうお過ごしでしょうか。
暑い夏、体調にはくれぐれもお気お付け下さい。
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会社時代の尊敬する先輩お2人は67歳で亡くなられた。70歳近辺で大病をする人が多いというのも経験的傾向である。
そうした年齢を既に過ぎた我々は、いかなる事態を迎えても動揺しない、後悔しないようにしなければならない。
余命を宣告されたら、会いたい人に会う、行きたいところに行く、やりたいことをする、の3つが大切と言われている。
これからの人生は常日頃からその心構えで過ごす時期に入ったとの自覚している。ところが、「今度会おうね」とか「コロナが終わったら行こうね」はまだ許せるものの、
「いつかやりましょう」に至っては、いつになるかわからないし、ほとんど実現しない。
昨年秋ぐらいから、そのことに気付き、「思い立ったが吉日」「善は急げ」をモットーとして、行動するように心がけている。
日帰りできる東京、神奈川近郊の名所は天気に恵まれたらその日の決断で訪ねる。
昭和記念公園(11月27日)、小石川後楽園・丸の内仲通り(12月1日)、東京スカイツリー(1月26日)などを訪ねた。いずれも2、3日前から計画、好天決行である。
この企画の素晴らしいところは、天候不順の場合は直ぐ中止にできて、次のチャンスを待てることでもある。この数か月の間に、「いつでも行けて、
一度も行けてなかったところ」を数か所訪ねることができた。
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昭和記念公園 | 丸の内仲通り | 東京スカイツリー |
夫婦2人や自分だけなら、この企画の実現は比較的容易である。ところが、友人数人でとなるとこれが難しい。
昨年11月10日の同期会の時に、バスケット部の仲間田中保さんが「久しぶりに我が家に来ないか?」と中川恵さんと私を誘ってくれた。
年末年始でそれぞれ忙しく、恵さんは中学・高校のバスケ指導、私も小学生のバスケ指導、保さんはボランティアや地域の活動でなかなか日程が合わない。
粘り強い調整のおかげで、2月17日(土)に実現。中川さんは東京から、私は近いのでお言葉に甘えて妻共々参加させていただいた。
近くの市場から仕入れた新鮮なお刺身や奥様の手料理と美味しいお酒も入り、至福の3時間半を過ごさせていただいた。
横浜市の金沢区で3階建てご長男家族と2世帯住宅を建てられ、地下には年代別レスリング日本チャンピョンのお孫さんたちのためのトレーニングルームも設けられていた。
こんな素敵な家族の暮らし方もあるのだと感嘆した。「善は急げ」と、調整して3か月強かかったが、田中さんご夫妻のご尽力で至福の「吉日」が実現した。心からの感謝の念に堪えない。
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2023年10月29日(日)、中学時代の仲間と鎌倉の衣張山(標高121m)、まんだら堂やぐら群、逗子披露山公園に行ってきました。
朝、雨が降り始めたので、雨雲レーダーを見たら8時ごろには上がるとのことで支度をしながら、空模様を気にしていたら、家を出た8時には傘を
ささなくても大丈夫に。
9時8分、鎌倉駅着。日曜日で人出が多いからと、西口の時計台の前に集合。9時20分、5人全員が揃ったところで集合写真を撮り、出発しようとしたら、
雨がぱらついてきました。
東口に出る地下道を通り、思ったより空いていて歩きやすい若宮大路を通り、鎌倉・坂東三十三観音霊場第一番札所の杉本寺へ向かっている間に
雨も上がってきました。拝観料300円を払って階段を登っていくと山門がありその先の苔生した石段は保存のために通行止めになっています。
山門の仁王像は修復中か見られませんでした。左側のう回路を上っていくと右手に本堂が。写真を撮ってから下りの道も「危ないので来た道を帰って下さい」
との立て札に従って、う回路を下りて行くと、外国人観光客の一団が階段を上って来ました。結構きつそうにしているので、「頑張って!」と声援を送りました。
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道路の向かい側、滑川に架かる犬懸橋の手前を右に折れると平成巡礼道で、昔ながらの佇まいを残す家に「素敵ね」、と言いながら細い坂道に入りました。
少し行くと太い丸太の倒木が進路を防いでいて、潜ることはできないので、よっこいしょと跨いで進みました(10:25)。
両側に笹が生い茂った細い山道は、低山と少し侮っていたのでは、と反省させられます。
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衣張山の頂上からの眺望は素晴らしく(10:50)、富士山も望めます。ちょっと残念だったのは、上が雲に隠れていること。誰もこないのかと思っていましたら
男性4人、女性の1人のグループが現れ、会社の同僚とのことです。しばらくしたら若い女性2人組も見え、そこそこ登る人がいるのだなと思いました。
上を見上げると桜(寒桜?)が咲いています。衣張山は、源頼朝が、夏の暑い日に「この山に白い衣を張らせ」雪の景色に見せかけて涼んだので、
この名前がついた(頼朝の権勢が強かった事から、後の人が想像してこんな言い伝えが出来たのでしょう)とも、尼さんが衣を松に掛けてさらした
衣掛山だとも言われているそうです。
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景色を堪能したので、下りて行くと直に民家が見えてきました。かまくら幼稚園の裏手、関東の富士見百景がみえる公園の中で、お弁当を食べ、
お腹いっぱいになったところで、鎌倉市こども自然ふれあいの森を歩き始めました。次の目的地は名越の切通し。
尾根道を行くと右手に「お猿畠の大切岸」の案内板が出ています。大切岸は、長さ800m以上にわたって高さ3~10mの断崖が尾根に沿って連続する壮大な遺構で、
従来、鎌倉幕府が三浦一族の攻撃に備えて鎌倉の守りを固めるため、切通の整備とあわせて築いた防衛遺構だと言われてきましたが、平成14年度の発掘調査で、
大規模な石切作業の跡だということが確認されたとのこと。鎌倉では14~15世紀頃の建物基礎などの切石を大量に使用しており、ここはその頃の
石材生産地だったと考えられるそうです。なお、お猿畠という地名は、鎌倉を追われた日蓮がこの付近で三匹の白猿に助けられたという伝承に因むものだとのことです。
ネットで調べて面白いと思ったのは、鎌倉市は従来の防御施設の切岸としており、発掘調査して石切場であると特定した逗子市は、従来説に再検討が必要としつつも、
丘陵を削平しきらず尾根筋が残っていることや、『吾妻鏡』で千葉常胤が鎌倉を要害地と認識していると読める記述があることなどから、
外部から鎌倉を守る切岸としての機能をもたせる意図もあったのかもしれないと推測して述べ、防御施設説を完全には否定していないことです。
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ちょっと戻るようだけれど見ていこうと下りて行きましたら、高さ3~10mの凝灰岩の断崖が尾根に沿って連続する景観に見に来てよかったと思いました。
その後小さな石廟を見たりしてまんだら堂やぐら群へ。20年以上も前にまんだら堂跡の紫陽花を見に来た事があったので、
受付の方に聞くと以前は私有地だったので紫陽花の時期に見せていたのでしょうとのこと。今は逗子市に移管され、やぐら(現在の神奈川県鎌倉市にあたる
相模国鎌倉とその周辺地域で、鎌倉時代中期以降から室町時代前半にかけて造られ使用された、山頂や斜面に作られた横穴式の納骨窟または供養堂)の調査が行われ、
保存のために初夏と秋の期間限定で公開されています。まんだら堂のやぐらは集合住宅の様に2~4段に重なり、その数は150穴以上で、
これだけ多く見られるのはここだけとのことです。やぐらには上流武士や僧侶など身分のある人だけが入れたなど、受付の方に色々教えて頂きました。
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次は披露山(小坪山)頂上にある披露山公園。住宅街の坂道を「この坂は年取ると辛いだろうね」などと話しながらどんどん下りて行きました。
T字路まで下りたら左折して…。披露山公園の手前にある披露山庭園住宅は標高が約80mほどの小高い小坪山(披露山)を造成した小坪地域にある、
県内屈指の高級住宅地で、かつては「逗子披露山庭園邸宅地」と呼ばれていたとのこと。その脇を通って公園まで登っていきました。
公園の休憩所でコーヒータイム。途中、コンビニで買い求めたコーヒーなど飲んで一服します。右手の金網の中には孔雀や、ウサギ、烏骨鶏、亀などが飼われており、
少し行った先には猿山もあり、ミニ動物園になっています。展望台に上るとここからも見晴らしがよく、江の島の向こうにはうっすらと富士山が…。
近くにいたご夫婦に逗子海岸への行き方を聞くと石原慎太郎氏の屋敷(今は住んでいない)がみえる道を教えてくれました。
私はコンクリートの石段をここは登りたくないねと話しながらどんどん下りて行ったので慎太郎邸は見逃してしまいましたが、ちゃんと眺めてきたよという人もいました。
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無事逗子海岸まで下りて、駐車場先の『マルワ』に寄りました。新鮮な魚介類が安く食べられるお店とのことで、まだお腹いっぱいなので、アジフライだけに。
看板メニューらしくとても美味しかったです。食後は腹ごなしを兼ねて逗子開成学園の前を通り逗子駅まで歩き、丁度来た横須賀線で帰宅の途につきました。
今回は、お寺を拝観し、山歩きし、景色を堪能、まんだら堂ではやぐらの歴史も教えて頂き、最後には美食で締めるという中々近場とは思えない盛りだくさんの一日になりました。
40年程前にアメリカ留学時に経験したとても怖かったお話です。
① カリフォルニアを旅行中デスバレー(海面より海抜が低い所)に泊まろうとしたところ10月なのに室外温度が摂氏41度。
安いホテルしかなくエアコンが壊れるのを危惧し急遽隣町へ向かう。しかし今度は砂嵐、ウィンカーをつけながら走るも中央線など見えるわけもない。
必死でハンドルを握る。ここでエンジンが止まればどうなるかと不安でいっぱいになりました。
② クリスマス休暇にフリーウエイでメリ―ランドからフロリダへ向けて南下中ジョージア辺りで急に空が真っ暗になり不気味な風が吹いてくる。
ラジオをつけると竜巻。警報慌てて逃げ場所を模索するも辺りはトウモロコシ畑のみ只々直進するもスーッと猛烈な風に襲われ車が少し浮いた感じに。
何とか出口を見つけマクドナルドへ逃げ込みやれやれ。
③メリーランドからワシントンDCに向かうジョージワシントンメモリアルパークウェイを走っていると急な土砂降り、
バケツをひっくり返したと形容される大雨に襲われる。バンという音と共に大きな木の枝がウィンカーに引っ掛かり視界がゼロ。
高速道路なので急には停車できずスピードを落とし必死で何とか避難スペースへ車を停車。
雨のやむのを待つ。
④NIH研究所のある冬の夕方、雪が降り始めたので早めに帰路に就くため車に乗ると道はアイスバーン状態(フリ-ジングレインというそうです)。
ハンドルを取られ右に左に、道路では衝突した車が何台か停車していて、歩道では転倒する人が続出。
後で聞いた話では手や足を骨折したとのこと。何とか止まるようなスピードで無事家に着きやれやれ
⑤休暇を利用して空路ニューオリンズへ、市内観光、クレオール料理を堪能してモーテルで休もうとテレビをつけると
なんと気象予報士が通り過ぎたハリケーンがメキシコ湾からUターンして戻ってくると、強い口調で即避難を促しているのです。
アメリカのハリケーンでは竜巻なども発生、地上のものをすべて吹き飛ばすと近所の老婆が口癖のように話していたのを思い出し慌てて
真夜中に家族をたたき起こし、レンタカーで、地図で調べ北のジャクソンビル目指し逃避行、フリーウエイ(日本の高速道路のことですが殆どのルートは無料)
を北上するも避難の車で大渋滞、これ時ほど運転中(東京~名古屋間位の距離)睡魔に襲われたことは経験したことがありません。
(アルコールが入っていたこともありますが)
フライトチケットを買い、逃げるように空港を飛び立った時は心底ほっとしました。ハリケーン“エレーナ”、くわばらくわばら。
これらの経験はアメリカ大陸こその気象の為と思っていましたが異常気象の現在では我が国でも現実となってしまいました。
東久留米市でもう30年以上陶芸活動をしています。今回会員の提案で東久留米駅の改札横の小さなギャラリーで数点作品を展示することになりました。
5日の水曜から1週間は私の作品、次の1週間は会員の作品を展示しています。勿論私も誰も駐在していませんし、駅を利用している人も立ち止まる姿は見かけません。
でも人生一区切りの様でちょっと楽しいです。
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小林さんの個展が4年ぶりに開かれましたので旧2年7組の皆さんとともに画廊を訪ねました。
作品は30点余りありました。
コロナの時期に描いた作品とのことです
今回の作品は、中欧の風景画が多く見られました。
私自身も中欧に旅行しているので、懐かしい思いで作品を鑑賞しました。
小林さんの説明を聞いていると、絵を描くことへの思いがだんだんと強くなっているように思います。
これからも続けてほしいと思います。
旧2年7組の仲間は、画廊訪問に先立ち、石神井公園の散歩を楽しみました。
私にとって石神井公園は身近ですが、中には数十年ぶりの方もいらっしゃり、
今も昔の面影を残す石神井公園を味わっていました。
2023年4月20日~25日
オレンジギャラリー
豊島区西池袋1-9-11-103
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現在私は、中野と新宿の境にある神田川を見下ろすマンションに住んでいますが、毎年この時期は自宅居間から見下ろす神田川の桜を眺めながら
お酒を楽しんでいます。今年は少し開花が早いようですが、3月24日現在の風景です。
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在位70年という年月もさながら、戦後の激動の時代を大国英国及び英国連邦の君主として任務を全うされたという事実は立派という以外に言葉は見当たりません。
別に王室ファンでもない私ですが、クリスマスには必ず全国民宛てにスピーチをして、その時々の世情に合うような内容で国民に語り掛ける様子は、
是非、我が国の天皇陛下にも見習ってほしいと思います。
戦後はメディアが発達して、王家のスキャンダルも内緒に出来なくなり,ダイアナ妃とチャールズ皇太子のごたごた離婚から、妃の事故死の時は王室史上最悪の事態となり、
さすがの女王も深く反省して、もっと国民の感情に敏感になり、寄り添うしか王室の将来はない、と判断してそれなりの手を打ったようです。
それでも、チャールズ皇太子がカミラ夫人と結婚したときは、素直に祝った人は、国民の半分も行かなかったと思います。
最近の王室は相変わらずスキャンダル続き、アンドリュー王子のエプスタイン囚との関係、レイプ疑惑(相手の女に女王が示談金を払ったとか)、
そしてハリー王子と二流ハリウッド女優との結婚やら王室離脱など、今の王室の人気は、まさに女王の人気、プラスウィリアム王子とキャサリン妃によるものです。
ここで女王が亡くなったので、これからどうなるのか、全く見当が尽きません。
チャールズ国王は、王室内の改革に取り組むようですが、何分我らと同年代で、見た目余り健康そうには見えません。普通なら退職して余生を楽しむ年代ですから。
但し、後にはウィリアム王子がいるし、ジョージ、ルイ、と日本の皇室が羨む男子後継者が控えています。
但し、英国王室では男女同権なので、ジョージの次はシャーロットですね。
さて、時代も変わって昨今では、かつての英国主導の帝国主義や植民地政策などは批判の的になり、英国内にある歴史的建造物や、
英国に富をもたらした英雄たちの銅像などが次々と姿を消していく有様。過去に偉業とされたことが、今は国家の恥ともとれる風潮です。
ただ、英国は搾取するかわりに英国のパスポートを与えていた時代もあり、移民たちは労働力として貢献もしたのですが、
その子孫が山ほど英国に住んで社会保障の恩恵にあずかっているのも事実です。入国管理が厳しくなる前に移住してきた人たちの子孫も多いし、
英国がEUに入っていた時は、ヨーロッパを通ってアラブ人をはじめ色んな人達が移住してきて、ロンドンなどでは英語が聞こえないほどになっています。
女王の国葬は、伝統的なキリスト教の下に行われましたが、最近は教会に通わない人も多く、他の宗教の信者もいるし、葬式など実に多様です。
故人や家族の希望で、宗教色のない葬式なども行われています。多様化する英国社会ですが、
チャールズ国王が君主としてどのようにまとめていけるのか至難の業だと思います。
政治面でも最近新しい女性首相が誕生しましたが、どこの国とも同じく問題山積です。それでも私が長年住んできた国ですので、応援はしたいですね。
Good Luck and God Bless Britain!
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エリザベス女王最後のポートレート | ||
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写真 小山 恵一郎