更新 2011年3月26日
皆さん、地震の影響はいかがでしたか?
被害を受けた方々。がんばってくださいね。
NO1 パプアニュ―ギニアへ
さて、2月にパプアニュ―ギニア(PNG)に行ってきました。
最終便の飛行機に慌しく乗り、離陸したのですが、なかなか機体が安定せず、ゆらゆらと揺れて、飛行機では酔った事のない私ですが。、酔い止めを飲んでおけば良かったと思いました。
そんな事を考えているうちに、「当機は成田に引き返します」とのアナウンスがありました。
やっぱり何かあると思ったのは正解でした。水平翼が安定しない不備との事。
成田に戻ったのは11時を過ぎており、当然のごとくこの日の飛行は無理との事で、もよりのホテルに泊まる事になりました。
明日は何時に飛ぶのか、乗り継ぎは出来るのか、不安のまま朝を向かえました。
8時半amのバスで空港に向かい、又チェックをし荷物を預けてやっと出発出来ました。
PNGのポ―トモレスビーに着いたのはもう暗くなっていて、私達の乗る乗り継ぎの飛行機のみ飛ぶ事が出来ました。
到着地のマダンに着いたのは9時pmを過ぎていました。
ロ―カルな小屋のような飛行場に下り、暗がりの中バスへ乗り込みホテルへとむかいました。
やっと着いた―!!
太平洋のど真ん中に粉々になって沈んで行くよりましでしたが、大変なツア―の始まりでした。
パプアニュ―ギニア(PNG)について少し説明をしましょう。
PNGは日本から直行便で6時間半の所にあります。オ―ストラリアの上に位置している世界で2番目に大きな島です。
ニュ―ギニア島の東半分をしめ、約600の島々からなり、広さは日本の1.2倍です。
PNG本島の中央には4000m級の山々が東西に連なりダイナミックな地形をなしたいます。
そのほとんどが未開のジャングルで、ポツン、ポツンと村々が点在しています。
首都はポ―トモレスビーです。ここを拠点にPNGの各地に行ったり、オ−ストラリアに渡る中継地としている旅行者もいます。
私達はダイビングが主な目的なので、ここから国内線に乗り継ぎマダンまで行きました。
豊穣な自然が微笑む神秘の国とパンフレットには書かれてありましたが。あまりの格差にカルチャ― ショックを受けてしましました。
空港ではアブラゼミほどのゴキブリが飛び回っているし、朝はカラスならぬコウモリ(フル―ツコウモリ)がバサバサと木々を飛んでいます。昼間はコウモリは洞窟にいるものとばかり思っていたらとんでもない、道路脇の木々に枯葉のごとくびっしりとぶら下っています。
都市部を除けば道は整備されておらず、電気、水道、電話はどこにでもある訳ではありません。
学校のある町まで子ども達はぞうりを履いて歩いて通います。
私達の車に手をくれましたが、どれ程の距離を歩くのでしょうか。日本の大正か昭和初期の姿がここには有りました。
バナナ、ココナツ、パパイア、マンゴ―、タロイモ等好きなだけ手に入ります。
人々は町の市場にそれらを持っていって売り、自分の欲しい物を買う。
物々交換に似たような生活をしています。
どこの町に行っても安全な所はどこも無く、ガイドからは空港でまず釘をさされました。バッグは持ち歩かない、カメラも首から下げずにポケットに入れる等など。
友人にPNGに行って来たのよ。と言うと何で又!?と言われてしまいました。
確かにあの素晴らしい海の美しさ、白い砂浜、活き活きとした珊瑚や珍しい生物が無かったら行って無かったと思います。
海の中は今まで行ったどの海よりも楽しく、ダイナミックで美しいところでした。
一日目、二日目とダイビングをしました。
いつもはタンクの空気量ぎりぎりのダイビングなどは決してしないのに、もう少ないですよ、とサインを出しても、気にする事無く「OK,OK」と。どきどき、はらはら。
私が少ないのだから、ゼロに近い人もきっといるはずと思いながら船上に上がりました。案の定、何人かは他人から空気を貰って浮上していました。
海外ダイビングはこんなものよ。と言われてしましました。
自己管理が出来て無いと大変な事になります。
三日目はホテルを出て近くの市場に行き、ガイドさんの親しくしている村へと行きました。
市場と言っても、地面にムシロを敷いて野菜や果物、穀物など自分が作った物を売っていました。
トマトの中ぐらいで30円でした。もちろんここでも、お金はポケットの中に入れてカメラは持つ事は出来ません。
写真が撮れなかったのが残念です。
魚と野菜を買って村へと向かいました。
村長さんに必ず丁寧な挨拶をする事が礼儀だそうです。
村長さんの奥さんに買ってきた食材で料理を作ってもらう間に村の散策、子供達とのふれあいがありました。
小学生ぐらいの子が10m程もあるココナツを登り、ナタで切り落としてくれました。
スイカほども大きさで、中の液はポカリのような味でした。内側の白い膜のような物はイカの味がして美味しかった。
PNGの人々はチュ―インガムのようにビ―トルナッツ(木の実)とマスタ―ドと珊瑚の粉を混ぜてクチャクチャしてます。
私達もやってみましたが、口の中が真っ赤になってしまいました。人によっては、ハイになるし、フラフラになって立ち上がれ無くなる人もいると聞いていました。
仲間の一人が真っ青になって地面にへたり込んでしまいました。
しばらくすると、今度はハイになり村の踊り(シンシン)の輪の中に入って、太鼓を叩いて踊りまくっていました。
私はたいした変化も無く少し楽しい気分かな―。というぐらいでした。
三日目ともなると、日本の生活を忘れてしまう程自然生活に慣れてきてしまいました。
行きのトラブルが無ければ、もう少しゆとりの有る旅が出来たと思います。
NO2 市内観光から村へ
魚市場は遠くから撮影できました。河沿いにク−ラーボックスを各々が置いて河から手に入れた魚(カジキマグロ、大きなウナギ、カツオ等)を売っています。その日のうちに売ってしまわないと、保管方法はありません。
その後山へと向かい高台でジャングルを見渡せる所で降りました。道端にタロイモがあり、バナナが花をつけていました。
村は50人程で暮らしているのでしょう。伝達方法は太鼓を叩く事でした。
シンシンが始まる合図は太鼓の音で、家々から踊りの衣装を身に着けた人々が出てきました。
未婚の女は胸は隠していますが、既婚の女は上半身裸です。
それ程激しい踊りでは無いのですが、一緒に踊ると結構疲れます。
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マダン空港 | 魚市場 | |
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PNGのジャングル | 村の家 | |
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ココナツを切り落とす子 | シンシン(踊り | |
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村人達と共に | 村人達と共に | |
パプアニューギニアの花々のようすをお知らせします。ランに興味のある人にはたまらないでしょうね!
その1 ランたち
パプアニュ―ギニアはランのふるさとです。胡蝶蘭、デンドロビューム、バンダ、パフィオべディラム等多くのランはPNGが原産となっています。国土面積が日本の約1.2倍と広いことに加え、標高も4000mを超える地域もあり、低地性ランから高地性ランまで同時に楽しむことが出来ます。特に「デンドロビューム」はPNGを代表するランです。
写真4番目は極楽花と言われ貴重なランだそうです。日本ではどれ程の値が付くか、相当なランだそうです。
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極楽花 | ||
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その2
ラン以外にも花屋で普段見かける花も自然に育っているのを見ると、チョッと感動です。
ここから来たんだ−。なんて思ったりしました。
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サガリ花 | チュウリップツリ― | |
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旅人の木 | 名前不明ですが花屋で見かけます。 | |
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きっとブ―ゲンビリアの仲間でしょう。大きな木です | きっとブ―ゲンビリアの仲間でしょう。大きな木です | |
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不明 | 不明 | |
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不明 | ジンジャ― | |
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これも不明ですが花屋で見ます。 | カカオの実 |
カカオの実は幹から直接にぶら下がっている幹性果です。聞いてはいましたが見るのは初めてでした。
NO3 ダイビング
ホテル近くの港からダイビングボ―トに乗って就航です。屋根はありますがトイレなどの設備は有りません。
ガイドは日本人です。ヤヨイさん。タフな人です。もともとオ−ストラリアでインストラクターをしていたそうで、パプアに来て6年になるそうです。(写真1,2)小船で漁をする島民(写真3)
パプアの海域は戦争の影響を受けた島々が沢山あります。海中には沈船や沈飛行機など今でも戦争の傷跡が残っています。
沈飛行機のコックピットに座ってみました。(写真4)
ウミウシもここでしか見られ無い種も多いです。ムカデミノウミウシ(写真5)
6からはクマノミの仲間です。順番にクマノミ、ホワイトボンネットクマノミ、スパインチーク、ツ―バンドクマノミ、カクレクマノミ、セジロクマノミ
12 ミノカサゴ 13 ウミカメ 14 バラク―ダ群れ 15 カマス群れ 16 ウメイロモドキ群れ
17 カツオ、イソマグロ等の渦に向かうダイバ―
他にも掲載しきれない程魚影は濃かった!! ダンク残量ギリギリまでのダイビングでした。
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小船で漁をする島民 | 沈飛行機のコックピットに座ってみました。 | |
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ムカデミノウミウシ | クマノミ | |
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ホワイトボンネットクマノミ | スパインチーク | |
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ツ―バンドクマノミ | カクレクマノミ | |
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セジロクマノミ | ミノカサゴ | |
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ウミカメ | バラク―ダ群れ | |
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カマス群れ | ウメイロモドキ群れ | |
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カツオ、イソマグロ等の渦に向かうダイバ― |
昨年12月に沖縄首里城に行ってきました。
10年も沖縄通いをしていながら、観光と言う事を何もせずにいたので、船に乗るまで時間があったので、モノレ―ルに乗って首里まで行って来ました。
ずいぶん前にドラマで琉球の風と言うのを見て一度行ってみたかった所です。
思っていた以上に綺麗で壮大な建造物でした。足を伸ばして玉稜や城壁などぐる-と周ってきました。
8月に今帰仁城を見て来たのですが、勢力争いに負けて首里の長に統合されてしまったのは頷ける気がしました。
NHKで仲間由紀恵のドラマ「テンペスト」が始まるようですね。楽しみにしています。
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11月18−19日、京都御所 秋の一般公開に合わせたツアーに参加して、京都へ行ってきました。京都駅からのバスガイドさんはちょっと年配で、これが京都リズムなのかと思うほどのゆったりしたしゃべり方ながらも、説明の終わるころに丁度説明箇所が現れ、そのタイミングの良さは、さすが・・・。
前日の寒さで、紅葉も見頃になったとのことで、期待が膨らみます。
西陣は、応仁の乱の時に堀川通りの東に細川勝元 西に山名宋全が陣を張ったことから名付けられたとか、二条城は、徳川家康が上洛時の宿泊所として建て始め家光の代に完成、大政奉還の場として使われた等、京都について知っていそうで知らなかった事を説明して貰いながら、蛤御門(後で分かったのですが)から京都御所駐車場へ。
てっきりガイドさんが同行し案内してくれると思っていたら、自由行動に。受付で手荷物検査があるかもしれないと言われたので、空港のようなセキュリティチェックを思い描いていたら、係の人がちらっと見るだけで、中にすっと入れて、ちょっと気抜けしました。
京都御所は、平安時代からの建物だと思っていたら、火事などの災害にあった際、貴族の住まいを仮皇居(里内裏)にしたものの一つで、1331年光厳天皇即位以後は明治始めまで皇居として使われたものとのこと。
宜秋門から中に入り右手に進むと御車寄(昇殿を許された者の正式参内時の玄関)の前に人だかりがしているので寄ってみると、当時を偲ぶような姿の人形が・・・。人の列に続いて諸大夫の間、新御車寄せを過ぎると、広い砂利敷きの広場に。左側が塀に囲まれた重要な儀式を行う紫宸殿で、入り口の一つ、日華門の前には、大きな壺に花が生けてあり、仁和寺御室流、泉湧寺月輪未生流の案内札が。後でガイドさんから日本の生け花は、六角堂にお花を供えていた池坊が始まりと聞いて、寺と華道の繋がりに頷けました。
紫宸殿は入母屋檜皮葺(いりもやひわだぶき)高床式宮殿建築で、左右対称、焦げ茶の柱と屋根、白壁の対比が美しい。紫宸殿の前庭には、向かって右側に左近のさくら、左側に右近の橘・・・?これは建物側からの視点です、よね。日常生活の場、御常御殿の前の御内庭の紅葉が真っ赤で松の緑と好対照でした。
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夕飯を食べて、ライトアップされた清水寺に。暗くなった中、寺院を訪ねるのは、幻想的な気分にさせてくれます。ライトアップ開始2日目と言うことで、「平日だよね」と再確認するほど大勢の参観者。清水の舞台から下を覗くと、すぐ下はライトが当たり紅葉が見えるもののその下は暗闇。清水の舞台から飛び降りて自殺する一が多かったので,下には網が張ってあるとのこと。京都の三大名所(観光客が多い?)は、清水寺、南禅寺、平安神宮との説明に納得の混雑でした。
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2日目は、嵐山の渡月橋近辺散策後、JR東海CMの「そうだ京都へ行こう」の金戒光明寺へ。バスを降りて細い道を辿っていきます。入り口近辺には、お江の方の碑が。
来年の大河ドラマの主人公と言うことで、来年はさらに賑わうのでしょう。「黒谷さん」と親しまれると、旅程に書いてあったので、こぢんまりしたお寺かと思ったらとても広い立派なお寺で、小石の組み合わせで亀が所々に見られる通路を通り建物内へ。本堂の左端に千手観音像が、と思ったら、吉備観音の立て札が。読んでみると、「吉備真備が遣唐使として帰国の際、船が遭難しそうになり「南無観世音菩薩」と唱え難を免れることができたので、唐より持ち帰った栴檀香木で行基菩薩に頼み刻んでもらった観音さまとのこと。
ここから歩いて真如堂へ。境内に多くの紅葉があり、見上げると木陰から青い空が垣間見られ、日の当たった紅葉はきらきら輝いて本当に綺麗でした。集合時間になったが、一人待ち合わせ時間を間違えた人がいて、添乗員さんとガイドさんがあっちこっち探しても見あたらず、到頭呼び出し放送のお世話になる始末。
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昼食後は、哲学の小道を歩いて永観堂へ。ここでも入り口で綺麗な紅葉が迎えてくれます。ご本尊は、見返り阿弥陀。正面からよりも、後から来る人を気遣うように振り返っている阿弥陀仏のお顔を見ようと右側に多くの人が・・・。建物を出て、多宝塔へ。急な石段を登ってたどり着いた眺望は達成感もあり、絶景かな、絶景かな・・・。その後、南禅寺を巡って、仏様にも、紅葉にも、沢山の観光客にも会えた京都旅行が終わりました。
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