更新 2011年6月4日
台風2号日本上陸という頃、広島、山口、島根へ行ってきました。
羽田から離陸した飛行機が無事広島空港へ着いた時は一安心。
まずは安芸の宮島。干潮だったのを幸い、大鳥居の下まで歩いて行きました。
遠くから真っ直ぐに見える柱は1本の木で出来ているということが近寄ってみるとよく分かります。
根本のフジツボが付着している隙間にお賽銭のつもりか10円玉や100円玉が挟み込まれているのが見られました。
鳥居の上の方に石?を一杯入れて重くしたものを海の中にただ置いてあるだけとのこと。これで、1000年近くも保っているのですから・・・。
3月末に本殿参拝したので、今回は、傘をさして神社付近を歩くことに。
大願寺から滝小路を覗き、ロープウエィの入り口まで行ってみようということになりました。
緩やかな坂のもみじ歩道は秋の素晴らしさを彷彿とさせます。
5分足らずで着くと思っていたのですが、20分位歩いた結果が『ロープウエィこの上250m』。
時計を見たら、行ったら集合時間に間に合わない・・・。
次回、もしお天気のよい時に来たらロープウエイで上まで行ってみましょう。
広島平和公園、小雨の中をガイドさんについて歩きます。
学生時代に来た時は「原爆の子」の像の中に沢山千羽鶴が吊してあった記憶があるのですが、今は周りに納める物が作られていて雨が降っても大丈夫。
今でもなお原爆症で辛い思いをしている人がいるとの話に戦争はどんな理由があっても許せないという思いを新たにしました。
夜の食事は、ワンフロアーに13店お好み焼き屋がある『駅前広場』。
「好きな店で食べて下さい」と言われてもどこが美味しいの?ぐるぐる2周した結果、夫が地元の人が入っていたからと『そぞ』へ。
焼くのを待っている間、高校生常連の一団が。鉄板で食パンを焼き始めたので何?と見ているとお好み焼きの中にバターたっぷりのトーストを・・・。
「メニューにあるの?」と聞いたら「裏メニューです」。
サッカー部らしく、隣に座った子が、「今日のPK外したから引退です・・・」とがっくりしているのに、お店の人がこれ食べたら忘れるよ、といって用意したのは何とお好み焼きの麺の上にハンバーグ、目玉焼き、ブロッコリー、ウインナをのせ、さらにキャベツ,トースト、生地をのせ、見かけはお好み焼き。
ボリュームが半端じゃない。残念ながら食べるのを見る時間がなかったので「食べきれる?」と尋ねたら,「頑張ります!」
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安芸の宮島 | ||
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広島平和公園 | ||
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翌朝は曇り空に。
まずは錦帯橋。名前からしてもっと派手な橋と思っていたら・・・。
17世紀後半、何度橋を造っても流されるので、橋脚のない橋を造ろうと山梨の猿橋を調査したところ川幅の違いで採用できず、明の湖に点在する島伝いに架かる石橋をヒントにしてアーチ間の橋台を石垣で強固にすることで今の橋が出来たとのこと。
現代では、昔の巧みの技を後世に伝えるために定期的に掛け替えているとのことです。
錦帯橋は、城と城下町を繋ぐ橋だったので、渡った先は長屋門や神社など落ち着いた佇まい。
ゆっくり散策しても楽しめそうな所です。
山口県瑠璃光寺の五重塔。ガイドブックなどで見て憧れていた景色。
緑の中の五重塔は期待を裏切ることがありませんでした。
本堂の右横を曲がったところに大きな数珠がぶら下がっています。
8個だけ落とすとその間だけでも煩悩が消えるとのこと。神経を集中させるからでしょうか。
午後は秋吉台を経て秋芳洞へ。
黒谷入り口からの長い隧道に「3億年のタイムトンネル」と題した映像が・・・。
学生時代に来た時の素朴な薄暗さを懐かしく思い出しました。
石灰岩が水によって浸食されて出来た鍾乳洞の中で、石灰分を含んだ水が氷柱の様に垂れ下がって出来た鍾乳石と落ちた雫で出来た石筍。
それらが作り出した造形を巌窟王、黄金柱、千畳敷、洞内富士,百枚皿等と名付けた面白さ。
鍾乳洞を抜けたところは奥入瀬の様な渓流でした。
青海島の遊覧船は天候不順で外海には出ないコースに変更。
それでも、折り返し地点付近では大きく揺れスリル満点に。
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瑠璃光寺の五重塔 | 瑠璃光寺 | |
翌最終日は、萩散策。
江戸屋横町、呉服町筋を進んで菊屋家住宅の所までガイドさんの案内で歩き、「入場料が20名以上いると団体料金で50円(ガイドさんは50円引きと言ったつもり)になります」の呼びかけに、皆で入ることに。
入場料を払う段で、二人で900円???(実は500円が450円に)ここまで来ては、高いから引き返すという訳にもいきませんよね。
御用商人の屋敷だったと言うことで、町人には許されなかった樫?の縁側を杉板で覆い、藩の重鎮が来た時は取り除くなどの工夫や、金倉の地下の千両箱、季節柄五月人形の展示もあり、それなりに楽しめました。
ゆっくり見学していたので集合時間が迫り、高杉晋作旧宅は門から覗いただけの急ぎ足。
最後の観光地、津和野。
昼食を取る『ふる里』の店員さんがガイド役。
弥栄神社・鷺舞の像の前で、「雄雌の区別が分かりますか?」嘴を閉じた方が雄、開いた方が雌とのこと。
鯉の掘り割りのある殿町通りを案内しながら、「この鯉は60歳、鯉は満腹すると言うことがないので餌をもらっただけ食べる。餌は全て観光客からもらう。この鯉はちょっとメタボだね」等々。同じバスの人が、鯉の話ばっかり・・・。
昼食には『うずめ飯』という郷土料理がでました。
この辺はわさびが名物ということで、わさびソフトを食べたら、辛い!
行ったことがある場所でも新たな発見や思いを感じた2泊3日のツアーでした。
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津和野の鯉の掘り割り | ||
連休の前半、伊勢志摩に行ってきました
連休中の車の混雑を考えて、1日で伊勢志摩まで辿り着くことはやめて、行きは浜松、帰りは蒲郡で一泊することにしました
浜松には意外に早く着きました。舘山寺温泉の近くのロープウェイに乗り、上から浜名湖を見るとかなり大きな湖であることがわかります。お昼はもちろん名物の鰻を食べました。
午後は、かつて花博覧会の会場であった、浜名湖ガーデンパークに寄りました。花博のときにはモネの庭園を模した庭園が人気でした。今では無料の公園として開放されています
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富士川サービスエリア | 富士川サービスエリア | |
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舘山寺温泉 | 浜名湖ガーデンパーク | |
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浜名湖ガーデンパーク | 浜名湖ガーデンパーク |
翌日、あいにくの雨で風光明美な場所へ行くのはあきらめ、伊勢神宮を目指しました。ものすごいにぎわいで、車は神社近くの駐車場には止められず、ずいぶんと離れた大きな駐車場まで誘導され、そこからバスで伊勢神宮へ行きました。このような場所はいい歳の大人の参拝客が訪れるところと思いきや、以外と若い人や子供連れでにぎわっていました。近くの門前町がすごい人でした。伊勢うどんという名物があり、やわらかなうどんを黒い醤油だれで頂きます。そのあと、近くの二見浦にある夫婦岩も参拝しました。ここはまだ小学校にも行かぬうちに行った場所で、50年以上経って訪れたことになります。その日は、的矢湾の近くの島にある旅館に泊まりました。美味し国伊勢ということで、伊勢海老、アワビ、松坂牛を味わいました
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伊勢湾岸自動車道 | 五十鈴川 | |
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伊勢神宮 | 門前町で | |
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五十鈴川 | 二見浦の夫婦岩 | |
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伊勢のうまいもの | 伊勢のうまいもの |
翌日、天気は晴れたのですが、黄砂が舞う一日となりました。この日は志摩の風光明美な場所を車で巡りました。大王崎灯台、英虞湾を眺めるともやま公園、横山展望台をめぐり、パールラインを経て鳥羽へ出ました。真っ青な空と海、淡い新緑の山と島々を眺めるはずが、視界が効かないもやっとした雰囲気にはがっかりでした。その日は蒲郡に泊まりました
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大王崎 | ともやま公園 | |
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横山展望台(黄砂でかすんでいる) | 鳥羽展望台(黄砂でかすんでいる) |
蒲郡は、三河湾の風光明美なところにあります。すぐそばに竹島という風光明美な小さな島が浮いており、橋を渡っていくことができます。そのあと、豊川稲荷によって帰途につきました。
旅行前はダイナミックな自然を訪ねる旅を考えていたのですが、どうも神社巡りになってしまいました。
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竹島 | 竹島 | |
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豊川稲荷 | 豊川稲荷 |
ゴールデンウィーク後半1泊2日のバスツアーに行ってきました。
5月5日町田を出たバスは圏央道を通って関越自動車道へ。最初の目的地は秩父ひつじ山公園の芝桜。駐車場から坂道を上っていくと右手に芝桜が広がっていました。TVや観光案内ではおなじみの光景ながら、実際に目の前に広がっているのは感動ものです。ピンク、濃いピンク、白、藤色の芝桜がパッチワークのように丘を彩っています。ベンチに座って弁当を広げます。曇り空の下、5月にしては肌寒い風が吹いていました。
「巨人軍の長島さんが学生時代、英語の授業で I live in Tokyo. を 過去形にしなさい、という問題に何と答えましたか?」首をかしげていると、「I liv in Edo. と答えました。」等々、ガイドさんのいない行程を補うようにサービス精神旺盛の李さんが今回の添乗員さん。
次に向かったのは善光寺。駐車場から入った脇の門は、数年前に来た時は通らなかったもの。修復中だった本堂も(当たり前ですが)全容を現していました。善光寺は特定の宗派をもたない寺とか。今回、胎内巡りはせずに、本堂参拝の後は右手の庭園を散策。京都といい、善光寺といい、七味唐辛子が有名なのは、昔、寺院が医薬の担い手で七味は薬だったのでは、などと言いながら仲見世で買い求めました。
宿泊地は赤倉。途中妙高山や を見ながら、学生時代に燕に泊まってスキーをし、帰りは滑ってきて赤倉でスキー板を外したこと等思い出しました。今回は大浴場に隣接した露天風呂ではなく、庭にぽつんと、その名も野天風呂。露天風呂大好き人間ですが、暗く寒い夜道を歩いて入る気にはなれず、翌朝入ることにしました。
2日目の朝は文字通りの晴天。雪の残る庭を横切り野天風呂へ。女性用には誰も入っていません。お湯は熱いのですが、周りが肌寒い位なので、のぼせることもなく気持ちよく入ってきました。
安曇野のスイス館(土産屋)に至る道は、以前家族全員で来た時に車で通った道。前に偶然入って美味しかったおそば屋さんを求めて、農道を迷いながら走ったことが懐かしく思い出されました。スイス館を出発した時、車窓から、雪をかぶった北アルプスをバックに黄色い菜の花畑と満開の桜が見え、思わず「きれい!」。
上高地は、観光バスの様な大型バスの乗り入れは禁止になったと思っていたのですが、入り口を広げたのかそのままトンネルを進んでいきます。大正池で降り、2時間の散策。噴火の土石流で堰き止められた池には、立ち枯れの木が・・・。焼岳、穂高連峰が見事な姿を見せ、そよ風が吹く中を歩くのは本当に気持ちの良いこと。国語の教科書で読んで憧れていた上高地のせせらぎ、梓川の水は澄み、川底の石がはっきり見えます。穏やかな水面は鏡のように辺りの景色を映し出してもいます。ただ、雪解け道のぬかるみや残雪を踏んでいくので、足下には注意が必要です。川幅が狭くなったところでは川底が赤茶色のところも見られ、何故と尋ねると、鉄分を含んだ水だからということでした。田代橋を渡ったところで、お昼に。笹の葉にくるまれた五目おこわと梅の果肉入り酢飯のお握り、うららかな日差しの元で食べるお弁当は最高でした。のんびり写真をとったり景色を眺めたりしながら河童橋に到着。連休直後ということもあり、夏ほど混んでいませんでした。
最後に向かったのは乗鞍高原の一ノ瀬園地。駐車場から近いところでは2箇所、水芭蕉が群生しています。これだけ多くの水芭蕉を花時に見るのは初めての経験。浅瀬に生えているので辺りはぬかるんでいます。後から来た団体さんの一人は飛び石伝いに川を渡って来ようとして足を取られ下半身ずぶ濡れに。お気の毒なことでした。
帰途は高速道路もすいすい、うつらうつらしている間に町田着。
今回はひつじ山公園の芝桜以外は行ったことがあるところでしたが、季節が違ったせいか、新しい発見があり、楽しいバスツアーでした。
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昨年のスキー旅で抱いた'冬のスイスの素晴らしさをもっと多くの日本人に'という思いと、夏に比地原をガイドにトレッキングした顧客が今度は冬のスイスをスキーでめぐりたいという希望が重なって、今年の1月に、ガイドと行くスイスイタリア11日間のスキーハイキングというツアーが実施されました。一般募集はしない少人数のグループツアーなので私も下手の横好きで参加させてもらいました。夏には花と緑にあふれたトレッキング道が白一色に変わりマッターホルンをとても低く感じながら長くゆっくりと滑りました。私より年長の方々は、山慣れしていてパワフルで年齢を疑う見事さでした。
ツェルマットのホテルは相変わらず予約がいっぱいで、隣のテッシュという町に5泊してマッターホルン周辺を滑り、その後は私の好きな崖の上の村ミューレンに4泊という去年とほぼ同じ旅程でした。
日本人は夏には驚くほど多いのに冬は相変わらず非常に少なく、やはり欧米人でいっぱいという感じでしたが、でもほんのわずかながら冬に日本人が増えているように感じました。
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目の前にそびえるのは8年前の夏に夫のガイドで登頂した 懐かしいブライトホルン(4164メートル) |
眼下に見えるのはイタリアのチェルビニアの町 | |
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このボッコリと形の悪い山がマッターホルンとは信じられません。 スイス側から見る孤高の雄姿を誇るマッターホルンがイタリア側から 見るとこんな姿で、名前もチェルビーノとイタリア語に変わります |
手前に見えるのはツェルマット駅前から出る山岳鉄道。 ゴルナーグラート展望台まで行くのでスキーをしなくても十分に 雄大な冬の山々を楽しむことができます。 |
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マッターホルンをバックに滑降中を撮ってもらいました。 | スキーと荷物をミューレンへ送り身軽になって移動しながら 観光したのはブリエンツ湖。唯一の観光休養日です。 |
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ケーブルカーで断崖の上の静かな村ミューレンに向かいます。 ガソリン車の入らない素朴でのどかな村、これで4度めですが いつも美しさに息を呑みます。 |
アイガー北壁の前で | |
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グリンデルワルトの町はずれの教会 | シルトホルン展望台で皆さんと。左からアイガー、メンヒ、 そしてユングフラウは建物の後ろに隠れています。ここか ら滑り降りるのですから本当にお元気です。 |
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夕映えのアルプスを見に散歩。後ろはアイガー。 ミューレンそのものが展望台の村といえる所以です。 |
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今回は比地原にとって第一回目のスイスをスキーでガイドするというツアーでしたが、参加者が皆さん大感激の大満足でこの経験は生涯の宝物になったなどとお礼を言ってくれました。それはガイドの縦横無尽にダイナミックにかつ参加者の力量を考慮した無理のないコースの選定が大きく寄与したのではないかと勝手に決めていますが今回をスタートに来年またさらに発展の一歩を踏み出せればと思います。