更新 2011年11月6日
大抵紀行文って、まだ記憶が新しく旅の感動の余韻が残っている時に書く方が、もぎたての野菜を届けるようで新鮮で瑞々しいですよね。 半年以上も経ってから書く紀行文は賞味期限が切れたしけったおせんべいみたいですが、小山君から「恒例のクリスマスメッセージとは別に書いて」というたってのご要望がありましたので、そこは素直な私、快く引き受けて、今年の3月から1ヶ月間夫と旅したヨーロッパのことをちょっと書いてみようかと思います。
今回はニースに滞在していた友人夫婦から「ニースいいとこ、一度はおいで」との誘いを受けていたので出発1ヶ月前ぐらいに決断し(急遽決めるのはいつものことですが・)、それならついでに20数年会っていないチューリッヒ在住の友人夫婦にも会って旧交を温めよう、そこまで行くならオーストリアも行かなくちゃ、ついでに東ヨーロッパも行きたいね等等・・ と延々と続く計画に時間とお金の制限があることにはたと気付き、結局 ロンドン、パリ、ニース、チューリッヒ、ザルツブルグ、ウィーン、プラハ、クラクフ(ポーランド)に落ち着きました。
出発したのがちょうど東日本大震災の一週間ほど後だったので、訪れた都市では連日トップニュースで津波と原発事故のことを報道していて、世界中の人々があの地震を未曾有の大惨事として捉えていることを実感しました。 あちこちで募金活動、チャリティーコンサートのポスターなどを目にしたし、私が日本人だと知ると心から心配してくれた人たちもいました。 実は出発の前はずっと気分が重く一時は旅行を取りやめようとさえ思ったのですが、ここでやめても何かか変わるわけではないし、ここから私が出来ることをしようと思い直し、そしてこの与えられた旅行の機会に感謝をして楽しもうと思ったのです。 パリのホテルではテレビで女性キャスターが“ジシュク、ジシュク”とフランス語訛りで何度も言っているので何だろうと思っていたら、日本語の“自粛”という意味でした!
今回はニースとジュネーブ間、そして帰りのクラクフとフランクフルト間の飛行機を除いてはすべて鉄道で回りました。 これだけ長い鉄道の旅は始めてでしたが、もう最高! 絶対お勧めです。 前もってパースでユーレイルパスは購入しなければいけなかったけど、(色々な条件のパスがあります。)シーズンオフも幸いして現地の駅ですぐ座席の予約も出来、どの列車もすいていたし、必要とあらば目的地変更も可能という、GPSがない時代に助手席で地図と奮闘しながら時として夫と“右だ、左だ”と道を間違えたのをお互いなじり合いながらナビゲーターの役を担った車の旅とは大違い。 行き先の駅さえ乗り過ごさなければあとはお任せコースのよう。 本当にゆったりとくつろげて車窓を流れる美しいフランスの田園風景も壮大なアルプスの絶景も心ゆくまで楽しみながら時にはワインなんぞ片手に贅沢気分も味わえるという快適な旅でした。
ヨーロッパの楽しみ方は人それぞれ。 今回訪れたところは、どこもかしこも芸術、音楽、歴史的建造物の宝庫でもう歴史の重みにつぶされそうになるぐらいでした。 その中で今回私が焦点を当てたのがコンサートと美術館でそれらを中心に書いてみました。 モーツァルト生誕の地ザルツブルグでは勿論モーツァルトを、ウィーン、プラハ、クラクフでもその土地に所縁のある作曲家たちの音楽を心ゆくまで堪能、そして数多い美術館のどれを選択するか嬉しい悩みを抱えながら好きな絵との出会いに心ときめき・・ 思えば若い時はこんな楽しみ方しなかったなぁ、なんて思いながら、歳とった自分にちょっと嬉しさを感じた旅でもありました。
アルプスを背景に壮麗な街並みが広がるザルツブルグではモーツァルトディナーコンサートに行ってみました。 18世紀のレシピから作られたというディナーに舌鼓を打ちながら、フィガロの結婚やドンジョバンニなどのオペラや、バイオリン、チェロの協奏曲などを堪能。 そこでは素敵な日本人女性が美しいソプラノで観客を魅了していました。 オーストリアには世界中から音楽の留学生が集まるらしいので、きっと彼女もその一人だったのかもしれません。
美しいソプラノといえば、ザルツブルグではかの有名な“サウンド オブ ミュージック”のロケ地を巡るツアーに参加したんですよ。 アルプスの山々と紺碧の湖はまるで絵葉書のような美しさ。 マリアことジュリーアンドリュースが映画の中で歌っていたその場所に立つと、その場面が思い出され彼女の美しく透き通るような歌声が聞こえてくるようでした。 実際に帰りのバスでは、ずっと映画の中で歌われた全曲が流れていましたが。
さてウィーンではウィーンフィルとウィーンモーツァルトオーケストラを聴きたかったのですが、チケット入手不可能と生憎我々が滞在した時期にはやっていない不遇に見舞われ断念。 その代わりにそれの縮小版のようなコンサートに行ってみました。 モーツァルトとシュトラウスの名曲を当時の衣装を身に着けて演奏、ピアノとバイオリンのソロ演奏あり、オペラあり、最後は青きドナウ川の演奏と共にバレーまで飛び出すという盛りだくさんのプログラムで、結構楽しめましたよ。 国立オペラ座のチケットも手に入らなかったけれど、(当日の立見席券は長蛇の列で断念)劇場の外壁に設置された大スクリーンで、中のオペラをライブで見ることができラッキーでした。 スクリーンの前には沢山の椅子も用意されていて観光客や常連の地元の人でしょうか、寒さに備えひざ掛け持参で楽しんでいる人たちも大勢いて、身近にいつも音楽と接することができるのは正に音楽の都たる所以でしょうか。
いくつかのコンサートは見逃したけれど、その他ウィーンでは12世紀に建造が始まったというゴシック建築のシュテファン大聖堂で聴いたモーツァルトのレクイエムにまるで魂が揺さぶられるかのような感動を覚え、プラハの教会で聴いた荘厳なパイプオルガンの響きにはそのまま中世の世界に引きずり込まれるような不思議な感覚に包まれ、チェンバーオーケストラによるチェコの作曲家スメタナの“我が祖国”にも胸がジーンと熱くなったのを覚えています。 多くの感動を胸にいよいよ最後の訪問地クラクフへ。 ポーランドといえばピアノの詩人ショパン。 私の一番好きなショパン。 クラクフに着くやいなやコンサートのチケットを手に入れ、最後に大好きなショパンのピアノ曲を聞ける幸せに浸りながら当日の夜まで気もそぞろ。 ああ、それなのに・・・!! その夜演奏が始まって間もなく隣で居眠りを始めた夫がまさかのいびきをかき始めたではないですか!! つねったり肘で小突いたりともう始終落ち着かない状態で聴いたのですよ。 私の音楽鑑賞の旅は全く冴えない締めくくりで終わったのです!
さて美術館の方はといえば、若い時は通り一遍で鑑賞していた絵画も、やはり年をとった証拠でしょうか、自分なりのこだわりみたいなものもでてきて、好きな作品、好きになった作品をじっくりと鑑賞する喜びをなんと自分の中に発見してしまったのです。 といっても私は絵に関しては全くの素人だから作品に関してあれこれうんちくを傾けるなんてことは以ての外。 私の作品選び、作品の良し悪しはすべて私の好き嫌いだけで決まるのですから! だからいくら名画といわれても好きじゃないものは関心も興味もわかないのです。 ルーブルのモナリザも相変わらずの大人気だったけれど、私はどうもあの微笑が好きになれません。 でも大好きな絵が沢山あるオルセー美術館ではセザンヌの林檎とご対面した時に、超感動! “あ、これは去年東京のオルセー美術展で見た林檎だ!”と昔の恋人に再会した時みたいに胸がときめきました。(あくまで比喩的表現です。) 多くの画家たちが果物を描いているけど、私はセザンヌの無造作に置かれた台所の林檎やオレンジが大好きで、絵画も人と同じで素敵な出会いがあって幸せにしてくれるんだなあってつくづく思います。
パリではその他にもいくつかの美術館に行きましたが、画家たちが多く住むパリの北に位置するモンマルトルに行ってみました。 その丘の上のテルトル広場では画家たちが自分たちの作品を売っていて、実は昔そこでベレー帽がよく似合ったいかにも芸術家風情の画家から、パリの裏町を描いた油絵を買ったことがあるのです。(今我が家の応接間の中心的存在になっていますが。) それがとてもユトリロの絵と雰囲気が似ているのです。 私の友人にユトリロの描く“濁った白”に胸がときめく という人がいますが、私もあの白に魅了された一人なんです。 それでもしかしてあの時のあの画家に、そして又好きな絵に出合えるのではとかすかな望みと期待を抱いて今回テルトル広場に行ってみたけれど、残念ながら夢叶わずでした。
ニースは、エルトンジョンやショーンコネリーの邸宅があるコートダジュールの高級リゾート地?と思いきや庶民的な空気に溢れる、明るい太陽が降り注ぐ親しみ易い街でした。 そこにはシャガールとマティスの美術館がありました。 高台の高級住宅地にある公園の中に佇む赤レンガ色の外壁の邸宅、それがマティス美術館。 裏庭には古代ローマの遺跡も残っていました。 初期のちょっと暗い地味な作品から彼特有の色鮮やかな作品、青が基調の切り紙絵、時代や環境によって作風の違いが感じられてとても面白かったです。 たまたま人も少なくゆっくりと心ゆくまで鑑賞できたのが最高の贅沢だったかしら。 シンプルな女性の顔をペンインクで描いた作品を、思わずメモ用紙に真似して描くという遊びなんかもできて本当に楽しい時間でした。
芸術の都ウィーンではまずはハプスブルク家の離宮だった見事なバロック様式のシェーンブルン宮殿や公邸だった王宮に行って、見事な天井画や当時の豪華な生活を思わせる贅を尽くした家具、調度品、食器類などの宮廷コレクションで目の保養をしました。 ウィーンの旧市街地はもうどこもかしこも様々な建築様式の歴史的建造物に溢れているので、歩いているだけで、それとちょっと寺院や聖堂に立ち寄るだけで充分に芸術鑑賞ができる街。 だからニースで落ち合った友人夫婦と再び合流したこともあって、美術館巡りというよりは、どちらかというと買い物と食べ歩きしながらの街の散策を大いに楽しみました。 教会から鳴り響く荘厳な鐘の音を聴きながら、いかめしい顔をした御者の操る4人乗りの馬車でパッカパッカと石畳の旧市街地を回った時などは、我々4人完全に中世の貴族になったような顔をしていました!
チェコとポーランドは今回初めての地。 プラハは長い間社会主義圏で閉ざされていたせいか、他のヨーロッパの都市では感じられない独特の空気、雰囲気があってそれが私にとってはとっても魅力的でした。 それに中世の建造物の宝庫で、“ここはどこ? 私はだあれ?”じゃないけれどもう中世の時代に迷い込んだよう。 歴史地区である旧市街地がユネスコの世界遺産に指定されているのも納得。 特に市街を見下ろす丘の上のプラハ城内に建つゴシック建築の聖ヴィート聖堂を目の当たりにした時は、もうその威厳さに圧倒され思わず感嘆のため息。 中に入ると有名なチェコの画家ミュシュの作品もあるいくつかのステンドグラスがこれまた素晴らしい。 荘厳な空間に立ってしばし鑑賞したけど、でもやっぱり私はパリのノートルダム寺院のあの何とも言えない深みのある青のステンドグラスの方が好きだなあ なんて自分の好みを再確認してしまいました。 プラハ城の丘からは眼下に広がる雄大な美しいヴルタヴァ川とその両側に広がるプラハの街並みの風景を楽しみながら相当な距離を歩いて下りました。 ザルツブルグでもそうだったけれど丘の上にそびえるホーエンザルツブルグ城塞から見た旧市街地も、プラハのそれと同じく美しくこれぞヨーロッパって感動したのを思い出しました。
ポーランドのクラクフは映画「シンドラーのリスト」の舞台になった街で戦禍を免れたこともあり中世の街並みがそのまま残る美しい町でした。 「ポーランドに行くならワルシャワよりはクラクフの方がいい、絶対アウシュビッツに行くべきだ」と2年前に行った息子が薦めてくれたのでプラハから足をのばしてみました。 アウシュビッツの収容所まではバスで2時間ほど。 映画やドキュメンタリーでは見たことがあったけど、やはり現実の風景と大量虐殺されたユダヤ人の現実の遺物(髪の毛、くし、スーツケース等)などを見ると、もう心が鉛のように重くなってしまいました。 その日がどんよりした雨まじりの曇り空だったことも影響してか気持ちがどんどん暗くなって、私は近くにあるもう一つのビルケナウ収容所には行けませんでした。 悲しい残酷な歴史にきちんと対峙しなければいけないんですよね。 後世の人に伝えるのが自分の使命であるかのように、熱くそして悲しく語っていたガイドのユダヤ人の青年の深い碧い瞳がやけに心に残ってしまいました。
クラクフの郊外には世界有数の岩塩の採掘場もあるのですが、そこには夫だけ行き、私はその夜のショパンのピアノコンサートに備えてゆっくり休んでいたのでした。
さて半年以上経った今、ひと月の旅を思い出してこうしてざっくり書いてみましたが、今振り返ると自分でいうのも何だけど、充実したいい旅だったと思います。 小山君、紀行文を書かされて、いや書くことになって今は感謝でーす。 還暦も過ぎるとご夫婦で、又は友人同士で旅行される方も同期の中には沢山いらっしゃると思いますが、本当に幸せなことですよね。 元気なうちに出来ることを出来るだけしておきたい と思うのは私だけじゃありませんよね。 でも鉄道の旅だけはつれ合いが元気でないと困りますよ。 だって1人じゃ無理なんですよ、列車の乗り降りの際の荷物の運搬は!
【パリ】
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モンマルトルの風景 | モンマルトの風景 | |
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パリのカタコンブ(地下墓地)の骸骨の山 | モンマルトのサクレクール寺院 | |
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パリのリヨン駅 | パリ・ニース間のTGV |
【ニース、モナコ】
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高台から見たニースの海岸 | 高台から見たニースのヨットハーバー | |
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ニースの朝市 | ニースの旧市街の路地 | |
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ニース近郊エゼ村 | モナコのカジノ |
【チューリッヒ】
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チューリッヒ市街地 | チューリッヒ近郊の村 | |
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アルプスを望む | チューリッヒ・ザルツブルグ間レイルジェットのプレミアムシート | |
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車窓からの景色 | 車窓からの景色 |
【ザルツブルグ、ウィーン】
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ザルツブルグのレジデンツ広場 | 高台から見るザルツブルグ市街 | |
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ザルツブルグ ドームのパイプオルガン | ザルツブルグ モーツァルトの生家 | |
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サウンド オブ ミュージック ーから | サウンド オブ ミュージックからレオボルズ・クローン城 (トラップ大佐の屋敷) |
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ウィーン王宮 | ウィーンのステファン聖堂 | |
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4人乗り馬車 | ウィーンのショッピングエリア | |
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国立オペラ座 | ウィーンの森から見たウィーンの街 |
【プラハ、クラクフ】
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高台から見るプラハの街並み | プラハの広場 | |
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広場のハムの丸焼き | 天文時計 | |
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ヴルタヴァ川 | 遥か左に見るプラハ城 | |
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プラハ城の入り口 | プラハ城内 | |
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聖ヴィート聖堂 | プラハの教会 | |
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クラクフの中央広場 | アウシュビッツ収容所 |